十六年前、一本の電話が鳴った。「息子が亡くなってしまった。誰か、この会社を引き継いでくれる人はいないかな」。友人を通して田中愼吾さんに届いた後継者を探す声だった。
そのとき田中さんは、事務機器からコンピューターへと事業を広げ、いくつもの会社を束ね、組合の理事長やNPOの代表を掛け持ちし、朝からテニスコートにいることもあった。「遊んで、歌って、暮らす」。本人がそう表現するほど余裕のある日々だった。
「いいですよ」。田中さんはそう言って、東京・北区で訪問介護を営む会社を引き継いだ。だがそこから、これまでとはまったく違う十六年が始まる。「認められたい、人から一目置かれる存在になりたい。その動機で私は七十年間生きてきたんです」——そう静かに打ち明ける人が、いま何にたどり着いたのか。

「いいですよ」と引き継いだ会社は、借金を抱えていた
引き継いだ会社は、決して順調ではなかった。後継予定だった社長の長男が四十代で亡くなったあと、一年のあいだに看護師も職員も辞めていた。
営業権を六千万円で買い取り、運転資金を足すと負債は約一億円にふくらんだ。「介護の仕事だから損はしていないだろう」。そう思って力を入れたが現実は違った。
田中さんはこの十六年を隠さずにこう振り返る。
「正直に言うとね、借金はまだ乗り越えていないんですよ。資産から借金を引くと、借金のほうが多い。私だったら、こんな会社にはお金を貸さないなと思います」
それでも会社は続いている。銀行が貸してくれるから、と田中さんは笑う。前の経営者から受け継いだこの小さな事業所を、田中さんは妻とともに今日まで続けてきた。
「認められたい、一目置かれたい」——七十年間の動機を手放した日
なぜ、儲かるわけでもない仕事を続けてきたのか。その問いに、田中さんはずいぶん遠いところから答えはじめた。
「これは根っから持っている性格で、たぶん母親と父親の影響なんです。あの人たちに認められたい、という気持ちがすごく強かった。ビールでいえば、まだ半分も飲んでいないのに『お代わり』と言い続けてきたようなものです」
経営していたコンピューターの会社では上海に支店を出し、全国に展開した。次々にアイデアを出し、「やってみようよ」と動いた。認められている実感はあった。それでも、もっと、もっと、と手が伸び続けた。

その動機が変わったのは、病を経てからだ。今は車の運転ができず、記憶にも波がある。「無理をしてはいけない」「頑張ってもできないことがある」「人に頼っていい」。そう思えるようになった。
田中さんには、長く自分に貼っていた一枚の札があった。父を中学生のときにがんで亡くし、母が苦労して育ててくれた。だから自分は「片親」だと言ってきた。けれど、あるとき気づいたのだという。
「片親の人って、いないんですよ。生まれてすぐお母さんが亡くなっても、片親じゃない。親も先祖も、DNAや顔つき、思い出として、自分の中にちゃんといるんです」
認められたい、人から一目置かれる存在になりたい。その動機で、私は七十年間生きてきた。今は人のことを褒められるようになりたいと思っています
「背伸びは、していい。でも、しすぎない」
田中さんの話には、独特の「理論」がいくつも出てくる。かつて経営相談に乗っていた頃から磨いてきた身の丈をめぐる考え方だ。
たとえば会社の規模。「ホームセンターくらい大きな牛丼屋って、ないですよね」。業種ごとに、ちょうどいい大きさがある。だから、ただ大きければいい、高ければいいと際限なく求めると、いつまでも自分も周りも納得できない、と田中さんは言う。
来期の売上を予測するときも、田中さんの見方は変わっている。「明日のいちばん低い気温と、いちばん高い気温を言ってみてください。その真ん中が、あなたの目標ですよ」。最悪と最高の幅を自分で決め、その間に照準を合わせる。すると、意外とそこに近づいていく。
ビールのたとえも忘れない。中身が九割、泡が一割。「その泡の部分が、夢だとか希望だとか可能性なんです。泡なしのビールでは、やっぱり物足りない」。
「ジャンプしても、いずれ下に落ちる。だから背伸びくらいがいい。死ぬまで少しだけ背伸びして、でも、しすぎないで。その丈でやれたらいいなと思っています」
質より量で測られる仕事のなかで
この仕事の難しさを、田中さんは正直に語る。訪問介護は、一件あたりの単価が決まっている。
「コミュニケーション能力の高いベテランが行っても、資格を取ったばかりでまだ一週間の人が行っても、同じ単価になってしまう。命を助けた人も、残念ながら手遅れでしたという人も、同じ一件なんです」
人が何をやったか、その中身や質が、なかなか数字に表れない。そこにずっと納得できず、苦労してきた。かつては、この仕組みを変えようと大きな馬力で動いた時期もあった。けれど、空振りに終われば自分だけでなく職員まで嫌な思いをする。だから今は「少し我慢しよう」と、目の前の一人ひとりに向き合っている。

近ごろ気になっているのは、AIとの付き合い方だ。田中さんは、パソコンが世に出た頃から新しい道具を誰より早く使い、今も三つ四つのAIに同じことを聞いて、答えを見比べる。だからこそ、こう言う。
「AIに聞いた答えを、あたかも自分の意見のように話す人がいます。でも、それを話しているのは誰ですか。あなたの意見ですか。誰に伝えて誰が責任を取るんですか。自分の意見を持たずに道具に頼りきる生き方は、あんまりかっこよくないと思うんです」
「わが」を「とも」に変えると、世界は平和になる
田中さんは昔から、言葉そのものをよく見つめてきた。文字を持たなかった大和言葉は、音で意味を伝えてきた。だから同じ音には同じ意味が宿ることが多い——「紙」も「神」も「上」も「髪」も、みな「かみ」だ、というふうに。
「とも」という音にも、田中さんは深い意味を見る。友達の「友」、共に生きる「共」、力を合わせる「協」。ひらがなの「とも」には、そのすべてが含まれている。
その延長で生まれたのが、「が」を「も」に変える、という発想だ。「私が、この会社を立ち上げた」「私が、これをやった」——そんな「私が」「我が」という言い方は、どうしても自分ひとりの手柄、独り占めの響きになる。
「その『私が』を、『私も』に変えてみるんです。『私もやった』とすれば、ほかの人もその中に入れるでしょう。一人で所有していたものが、みんなのものになる。これに気づいたときは、うれしかったですね」
『私が』を『私も』に変えるだけで、独り占めが、みんなのものに変わる。「我が」を「とも」にすれば、世界は平和になる。私はそう発見したんです
言葉と同じように、田中さんは「記憶」についても独特の見方をする。かつては何でもメモを取り、スマホに残してきた。だが病を経て、考えが変わった。「本当に大事なことは、放っておいても思い出せる。逆に、思い出せないことは、自分にとってそれほど大事ではなかったということなんです」。だから、何もかも記録しようとせず、覚えるのは最小限でいい。あとは互いに気を利かせて補い合えばいい、というのだ。
「とも」の発想は、田中さんの暮らしのなかにも根を下ろしている。月に一度、地域の自治会館で開いている集まりがそれだ。持ち寄るのは、悪口や不満ではなく「あそこの店がよかった」「あの先生は信頼できる」といった、良かったものの話。あなたのおススメを話してもらうんです。自分の手柄を話せば自慢になるが、「あそこのおにぎりが美味しい」なら自慢にならず、みんなで分かち合える。名づけて「ともかつ」。友を活かし、友と生きる、という願いが込められている。
木の年輪のように続いていく組織を
田中さんが最後に語ったのは、自分がいなくなっても続く事業のかたちだった。
「これまでの社会は、頭のいい人や、力のある人、お金を持っている人が『こうしたほうがいい』と引っ張ってきました。でも私は、木の年輪みたいな組織を作りたい。真ん中にいるリーダーは、ずば抜けていなくていい。いちばん多くの、ふつうの人たちの思いを言葉にできる人がいい」
力で人を集めた組織は、いつか誰もいなくなる。そうではなく、「あそこに行くと落ち着くね」「楽しいね」と、人が自然に集まってくる場所にしたい。休みの日に四人で始めたラジオ体操は、いつのまにか四十人になった。「集める」のではなく「集まる」——その差を、田中さんは大事にしている。

だから会社も、大きくすることが目的ではない。数えなくてもひと目でわかる五個、六個——それくらいが自分の手の届く人数だと田中さんは言う。世界規模の会社や高層ビルがあってもいい。でも、それは例外でいい。小さな商いが、ふつうであってほしい。
目指すのは、誰が始めたのかも分からないまま「あそこ、ずっと続いているね」と言われる、古くからある町の酒屋のような事業だ。そのために、マニュアルではなく「心のこもったマニュアル」を残したい、と田中さんは考えている。
十六年前、一本の電話から始まった仕事は、今日もこの小さな事務所で続いている。認められたくて走り続けた人が、たどり着いたのは「とも」という一文字だった。
プロフィール
田中 愼吾(たなか しんご)
東京福祉サービス株式会社 代表取締役。事務機器・事務用品からコンピューター事業へと進み、ソフトウェアの開発・全国販売などを手がけた。約十六年前、東京・北区で訪問介護を営む会社を引き継ぎ、現在まで妻とともに経営を続ける。「適正規模」「身の丈」「とも」など独自の考えを大切にし、地域では住民の集まり「ともかつ」なども主宰している。
東京福祉サービス株式会社
〒114-0022 東京都北区王子本町2丁目22番8号
TEL:03-5993-0851/FAX:03-5993-1222
事業内容:介護保険制度・障害者総合支援法にもとづく訪問介護(ホームヘルプ)、居宅介護支援、福祉用具などのサービス
ホームページ:東京福祉サービス株式会社





