nokosu社長インタビュー

矢印を、自分から相手へ。──集客ゼロで全国から相談が来る相続コンサルタント・新井悟史さんの11年

夫を見送り一人になった女性から、電話がかかってくる。相続の相談ではない。ただ、話し相手がほしい。多い時で1日3回、それが1ヶ月半、毎日のように続いた。新井悟史さんは、その電話を切らなかった。「私が切ってしまったら、もう誰もこのおばあちゃんを助けてあげられないから」。

新井さんは、東京・上野で相続と家族信託の相談に応じるコンサルタントだ。30年のサラリーマン生活を経て独立し、今年で11年になる。特別なのは、いま一切の集客をしていないこと。広告も打たず、セミナーもほとんどやらない。それでも毎日のように電話が鳴り、北海道から沖縄まで、時には海外に移り住んだ日本人からも相談が舞い込む。大半が、これまでのお客様からの紹介だ。

けれど、最初からこうだったわけではない。独立して最初の3、4年は、退職金を使い果たし、夜も眠れないほど苦しかった。何が、その日々を変えたのか。

「この人を、笑顔にしてあげたい」──30年勤めて、独立した本当の理由

新井さんは30年間、建築・不動産の会社で働いてきた。営業や現場の人たちを後ろから支える、バックアップの仕事が長かった。

「直接お客様に対して、自分の仕事が本当に役に立っているのか。その実感が、あまりなかったんです」

トラブルやクレームを弁護士と一緒に一つずつ改善していく日々。そのなかで、ずっと消えない思いがあった。自分が直接、お客様のために何かできるのではないか。どこまでできるのだろうか。

子どもの大学卒業までの計画が立ったところで、退職を決意した。相続で苦しんでいる人を、笑顔にしてあげたい。その気持ちが、独立の芯にあった。

差別化ばかり考えていた頃、矢印は自分に向いていた

ところが、始めてみると現実は違った。相続を扱う専門家は、士業も含めて世の中にあふれている。交流会に出れば、決まって同じことを聞かれた。

「あなたは、弁護士さんや司法書士さんと何が違うの?」

差別化、差別化——。人とどう違うかばかりを考えた。サラリーマン時代と同じくらいは稼ぎたい、その気持ちも強かった。

「でも、全然ダメでしたね。結局、矢印が自分の方に向いていたので」

ホワイトボードで相続の仕組みを説明する新井さん

自分は何のために会社を辞めたのか。あらためて問い直したとき、答えははっきりしていた。新しいお客様を追いかけるのではなく、自分を頼って相談に来てくれた人に、どれだけのことができるか。矢印の向きを、自分から相手へと変えた。

差別化を作ろうとしても、うまくいかなかった。目の前の人のために動いていたら、それが自然に、自分にしかできないやり方になっていた

事務所で待つのをやめ、お客様の家へ向かった

矢印を変えてから、やり方も変わった。

相続の専門家なら、お客様に事務所へ来てもらい、相談を受けるのが普通だ。新井さんは逆にした。できるだけ、お客様の自宅へ出向く。そのほうが心を開いて話せるし、必要な資料もその場で一緒に探せる。

相談は1回およそ2時間。しかも2回まで無料にした。深い話を抱えている人には、2時間と決めていても、5時間でも6時間でも耳を傾ける。1回目で思いを聴き、2回目までにお互い調べものを持ち寄る。

お客様からの相談の電話を受ける新井さん

「いろんな人に相談したけれど、納得のいく答えがもらえなかった。回って回って、最後に私のところにたどり着く方が、結構いらっしゃるんです」

何時間も話を聴くと、最初に言っていたことと本心が違う、と見えてくる。一度知り合ったお客様とは、何年でも付き合う。独立した初年度に出会った人の、ほとんどとまだつながっている。お風呂の蛇口が壊れた、という相談でさえ、まず全部受ける。自分の仕事でなければ、人脈のなかから誰かを紹介して解決する。

年間の相談のうち、かなりの数は無料相談だけで終わる。それでも困らない。「無料で終わった方が、また別のお客様を連れてきてくれるんですよ」。

退職金は尽き、夜は眠れなかった──最初の3、4年

いまでこそ紹介が絶えないが、そこに至る道は平坦ではなかった。

「最初の3、4年は、本当につらかったです。めちゃくちゃつらくて、夜も眠れない」

退職金を使い果たし、生命保険からの借り入れもすべて使った。翌月どうなるのかと不安で、ハローワークに足を運んだこともある。けれど、待合室で求人を眺めながら思った。こんな時間があったら、お客様を一人でも探そう、と。眠れない夜は、枕元に置いた本を読んで過ごした。

無料でここまでやって、展望は見えるのか。無駄ではないのか。そう思うことも、確かにあった。かつて弁護士から「新井さんの動き、少し無駄がありますね」と言われたこともある。

「でも、決して無駄じゃないんですよね。それが私の集客活動だと思えば」

コロナで面談ゼロ。それでも、Zoomが全国を近づけた

お客様と会って自分を分かってもらう——そう動き出した矢先に、コロナが来た。面談が一切できなくなり、面談回数はしばらくゼロになった。さすがに危機感を覚えた。

そこで、比較的早くZoomに切り替えた。すると、思いがけないことに気づく。オンラインなら、近所の人だけでなく、もっと遠くの人の相談にも乗れる。

全国に支部のある交流会で「相続で困っている方がいたら紹介してください」と呼びかけると、東京に暮らす人の親が、関西や東北、北陸で一人暮らしをしている、という声が次々に上がった。今では北海道から沖縄まで、海外に移住した日本人からも相談を受ける。

「一度まずいなと思ったんですけど、そこから相談回数はめちゃくちゃ増えました。反対に、V字回復のように」

やがて、相続以外の入り口も広がっていった。新井さんは自ら、母や叔母を在宅で長く介護してきた経験がある。だから介護で悩む人の相談にも、月に5、6件、無料で応じる。年間で60〜70件。障害のあるお子さんを持つ親御さんとのつながりも増え、いまお客様のなかに15組ほどいる。自分の亡きあと、この子はちゃんと介護を受けられるのか——その不安に寄り添い、事前の対策を一緒に考える。

「相手を先に思えば、返ってくる」──下町で育った義理人情

自分ではなく、まず相手。そこに立ち返ると、なぜか自分に返ってくる。二宮尊徳の「たらいの水」の話にも通じる、と新井さんは言う。

「まずは、相手を一番に」と語る新井さん

その根っこには、育った環境がある。

「生まれ育ったのが下町で、子どもの頃から義理人情を、根幹に育てられてきたんですね。人から受けたものは、ちゃんと恩を返す。本人に返せなかったら、他の人に返していく」

たくさんの人に助けられて、今の自分がある。だから、自分を頼ってきてくれた人に返したい。無償か有償かは関係なく、まずは相談してきてくれた人を一番に考え、その人にとって一番いい方法を、一緒に考える。一番近い言葉は「寄り添う」だ。

その姿勢は、AIがどれだけ進んでも代わりのきかない領域にある。80歳を過ぎた人が、子どもにも言っていない話を打ち明けてくれる。それを受け止めるには、知識やスキル以上に、その人の人生をきちんと受け止める人生経験がいる。

「困ったことがあったら新井さんに言えば、何とかしてくれるよ。そう言って紹介してくれる方がいるんです。すごく嬉しいなと思いました」

自分の代で終わらせたくない──後継者という、正直な悩み

順風に見える今も、新井さんには正直に打ち明ける悩みがある。後継者だ。

「私の代で終わってしまうと、私だけのサービスになってしまう」

一緒に仕事をしたい、という人はたくさん来る。提携するだけならできるかもしれない。けれど、みんな生活があるから、どうしても先に利益を考えてしまう。お盆だろうが正月だろうが電話が鳴る働き方を、他人に「そこまでやってくれ」とは言えない。

技術のある人はいる。だが、思いを持って続けられる人には、なかなか出会えない。共感するだけでは足りず、その人自身が人生の重みを体験していないと、壁にぶつかったとき挫けてしまう。

思い出すのは、自分の人生を変えてくれた先代の社長のことだ。可愛がってもくれれば、昭和の時代には殴られもした。その社長が一度だけ、ぽろりとこぼした。「俺は最初から社長だから、従業員の気持ちが分からないんだよ」。30年サラリーマンをやった新井さんには、その両方の気持ちが分かる。

「奉仕の思いがある人でないと、難しい。かといって思いだけでもダメで、経験も知識もいる。いろいろ考えると、いないんですよね」

それでも、この11年で確かめたことがある。目の前の一人のために、損得を抜きにして動く。それが巡り巡って、また別の誰かを連れてくる。夫を亡くした女性の電話を切らないのも、その延長線上にある。相続という言葉の重さの手前で、新井さんはいつも、一人の人として隣に座っている。

プロフィール

新井 悟史(あらい さとし)
相続サロン東京上野相談センター 代表。建築・不動産会社で30年間勤務した後、独立。相続・家族信託のコンサルタントとして、お客様の自宅に出向く相談スタイルを貫き、独立から11年で全国に相談者を持つ。介護や障害のあるお子さんの将来設計など、相続の枠を超えた相談にも無償で応じている。

相続サロン東京上野相談センター(運営会社:株式会社FPプロ)
〒110-0015 東京都台東区東上野6丁目3-8
TEL:03-3841-3423(定休日:土・日・祝)
事業内容:円満相続対策及び相続発生後の事務代行、家族信託を活用した認知症対策、親亡き後問題の対策、相続不動産のお困りごと解決
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